東京高等裁判所 昭和59年(う)740号 判決
論旨は,原審は,起訴状記載の「昭和52年7月30日ころ,被告人横山方において,手形用紙4枚にゴム印,代表者印を冒捺し,各金500万円の約束手形を偽造し,8月1日ころ,被告人横山方において,鈴木隆に対し割引方を請求し,金1750万円の交付を受けて騙取した」旨の訴因を,同58年3月18日付訴因変更請求書に記載のとおり,「昭和52年8月中旬ころ,ユートリー産業事務所において,手形用紙4枚に東洋濾機のゴム印,代表者印を冒捺し,各金500万円の約束手形4通を偽造し,そのころ,同事務所で鈴木隆に対し,借入金の支払方法として一括交付して行使し,借入金の債務の支払の猶予を受け,もって財産上不法の利益を得た」旨の訴因に変更することを認め,右変更後の訴因のとおりの事実について有罪の認定をしているが,(イ)右変更後の訴因は,犯行の時期及び場所が異なるほか,犯行内容も割引金の騙取という1項詐欺が債務の支払の猶予という2項詐欺と異なっていて,両者の間に公訴事実の同一性があるとは考えられず,訴因の変更は不可能であるのに,これを許可した点において,また,(ロ)右変更後の訴因については,鈴木隆が誰に対して有する貸付金か,貸付期日,原因,元金の額,利息,損害金の有無等,貸付金の内容に関して何ら摘示しておらず,これでは債務の存在を争う上で防御権の行使が不可能であり,右訴因は,公訴事実の特定性を欠如した無効なものであって,これを有効なものとして,有罪の認定をしたのは,刑事訴訟法256条3項に違反するものというべきである点において,原判決には訴訟手続の法令違反がある旨,また,(b)藤田弁護人の論旨は,同じく右の点に関し,右訴因自体,弁済の猶予を受けた債権について,特定を欠いており,本来公訴を棄却されるべきものであるのに,この点を曖昧にしたまま,右のような認定をしたのは,法令の適用を誤ったか,審理を尽していない違法がある旨,それぞれ主張する。
1 そこで検討するに,原審記録によれば,被告人横山,同大隈のほか,原審相被告人中村春雄,同平子和郎(以下,右4名を「被告人ら」ということがある。)のみならず,鈴木隆も,捜査段階においては,昭和53年5月30日付起訴状記載の公訴事実第一にそう供述をしていたが,被告人横山は,原審において,同58年3月18日付訴因の予備的追加請求書に記載の予備的訴因にそう供述し,右起訴状記載の訴因のような割引金の交付は受けていない旨供述し,鈴木隆も,原審において,右にそう証言をするに至ったところから……中略……検察官は,右訴因の予備的追加請求書に基づき,前起訴状記載の公訴事実第一について,訴因の予備的追加(なお,詐欺罪の関係で,罰条を刑法246条2項とする。)を請求したところ,弁護人は,右借入金の発生時期,発生原因,金額,返済期日等について,具体的に特定されたい旨の釈明を要求し,検察官は,原審第55回公判において,「右請求書の犯行日ころ鈴木隆が被告人横山に対して有していた合計2000万円以上の貸付金のうち多くても2000万円の貸付金であり,その支払の猶予を受けた趣旨である」旨釈明し,これによって,弁護人らは,右予備的訴因罰条の追加に異議がない旨陳述し,原審裁判所も,右請求を許可し原判示第三の九において,原判示の偽造にかかる約束手形4通を鈴木隆からの「同額程度の借入金の支払方法として一括交付して行使し,……………よって右借入金債務につき……………支払の猶予を受け,もって財産上不法の利益を得たものである」旨,右予備的訴因と同旨の事実を認定したものであることが認められる。
2 右起訴状記載の訴因と予備的訴因とでは,なるほど,犯行の時期,場所が異なり,詐欺の点については,割引金の騙取という1項詐欺が,債務の支払の猶予を受けたという2項詐欺に犯行の態様も異なっていることは,所論のとおりである。
しかし,右いずれにせよ,特定した原判示額面500万円の約束手形4通の偽造とこれを交付,使用しての詐欺という1回の行為に関するものであって(他に同額の約束手形4通が鈴木隆との間で授受された証跡はない。),右手形の交付された趣旨が異なるに過ぎず,両者間に公訴事実の同一性があり,訴因の変更が可能であることは明らかである。
3 また,詐欺の点に関しては,右予備的訴因や原判決の認定判示するところによっても,同52年8月中旬ころの時点において,ユートリー産業(被告人横山)が鈴木隆から借り受け残存していた,右約束手形4通の総額に見合う借入金債務について支払の猶予を受けたものとして,所論の債務についても,一応特定されており,被告人らの行為の内容,罪となるべき事実としての特定性に欠けるものとはいえない……中略……。ちなみに,右のような予備的訴因が,被告人側に防御上特段の支障を生じさせ不当に不利益を及ぼすものとはいえないことも,前記1に認定のような原審における審理の経過に照らし,明らかである。